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金山神社(千代田区)

昭和初頃に東京金物同業組合が総本宮南宮大社の御分霊を組合事務所に奉斎し創建された様です。
第二次大戦の災禍にあいましたが、昭和29年11月8日に再建されました。
神田岩本町界隈には、鍛冶職・金属加工業者・金物職人が多く店を構えていました。
神田金物通りや鍛冶町など、現在も地名として当時の形跡が残っています。
毎年11月には「ふいご祭り」というお祭りが催されます。
鞴(ふいご)とは昔の金属の精鉄や加工には欠くことのできない道具であり、
「”ふいご”祭り」は江戸時代から鍛冶職・金工職人などが商売繁盛を祈願して、
全国で行なわれているお祭りの様です。

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2014.11.16
東京都千代田区
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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

福徳神社

コレド室町のとなりに、その真新しい社殿はあった。
福徳神社と言うとてもめでたい名の稲荷神社である。

創建年代は不詳ながら、貞観年間(清和夫皇・八五九年~八七六年)には鎮座していたといい、福徳村と称されていた村の村名から社名を福徳神社と称したといわれています。
源義家・太田道灌など武将からの尊崇も篤く、徳川家康・秀忠も参詣に訪れた様です。
秀忠は慶長十九年(一六一四年)に参詣し「福徳とはまことにめでたい神号である」と称賛した。
この時、椚(クヌギ)の皮付き鳥居に春の若芽の萌え出でたのを御覧になり、神社の又の名を『芽吹(めぶき)神社』とつけられたと言われています。
江戸時代、この福徳神社は幕府から富くじ興行を許された数少ない寺社の一つであったこと、そしてこの“福徳”という縁起のよい名前から、宝くじを持ってきて当選祈願に訪れる人も多いとのこと。

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2014.11.16
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

街に埋もれた神社

浅草界隈を散策していて、多くの小さな神社があることに気が付いた。
いずれも住宅の間や、ビルの谷間にひっそりとたたずんでいた。
かつては、それぞれにの村の鎮守であったり、武家の宅内に祀られていたりした神社だったんだろう。
そして今も、地元の方々がしっかり信心しているのが印象的であった。
通りすがりの人が神社に向かい頭をたれる姿を何度も見た。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

元三島島神社

社伝によると、元寇の弘安の役の際に河野通有が伊予国大三島神社に必勝祈願した後、
当地に分霊を勧請して創建したと伝えられます。
宝永7年(1710)浅草小揚町へ遷座することになったものの、地元氏子の協議により当地にあった
熊野社と合祀して元三島社と称したといいます。

この神社立地がかなりユニークです。
ラブホテル街のど真ん中に位置し、神社が建っているビルの一階は飲食店となっています。
神社は街の姿が今の状態になる前から、存在するので好んでこの立地を選んだとは思えませんが
ちょっと残念ですね。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

秋葉神社 (台東区)

明治2年の大火を受け、明治天皇の勅命により明治3年に現在のJR秋葉原駅構内(東京都千代田区神田花岡町)の地に、
火の神火産霊大神、水の神水波能売神、土の神埴山毘売神の三柱を祀神として勧請したのが始まりである。
当初は鎮火社と呼ばれていた様である。
江戸の街は度々大火災が発生した事から、神仏混淆の秋葉大権現(秋葉山)が火防(ひぶせ)の神として広く信仰を集めていた。
本来この社は秋葉大権現と直接の関係はないが、人々は、この社を「秋葉様」「秋葉さん」と呼び、社域である周辺の火除地(空地)を「秋葉の原(あきばのはら)」「秋葉っ原(あきばっぱら)」と呼んだ。
これが秋葉原の地名の元になったといわれている。
鉄道線の延長のため土地が払い下げられたのに伴って現在地に移転し、秋葉神社と改名された。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

矢先稲荷神社

三代将軍徳川家光が江戸浅草の地に三十三間堂を建立しました。
三十三間堂では弓の射技練成のために「通し矢」が行われました。
通し矢は先人に勝てば堂に掲額できるとあって武士としての名誉となり、大いに流行したようです。
この通し矢は江戸市民にも観覧が許され、評判を博しました。
京都の三十三間堂にならって建立されたこの堂の守護神として稲荷大明神を勧請し、
その場所がちょうど的の先にあたっていたので「矢先稲荷」と名づけられました。
元禄11年の大火で焼失してしまい、三十三間堂の方は深川に移転を命ぜられてしまいましたが、
その鎮守である当社は信仰心の篤い町民の要望で当地の産土神として再建が許され今に至ります。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

鳥越神社

日本武尊を祀って白鳥神社と称したのに始まるとされ、
後に源義家がこの地を訪れ鳥越大明神と改めたと伝えられている。
江戸時代までは広大な敷地を所有していたが、江戸城築城や城下町を形成のために
幾度となく幕府に土地を没収され縮小したとのこと。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

銀杏岡八幡神社

由緒によりますと源義家が奥州征伐のため下向の折、当地で休憩中川上より銀杏の枝が流れてきた。
義家はその枝を丘の上にさし立て「朝敵退治のあかつきには枝葉栄うべし」と祈願した。
奥州平定の後再びこの地に帰り至ったとき銀杏が大きく繁茂していたので公は神恩に感謝し太刀一振を捧げ、
八幡宮を勧請したのが創祀と伝えられている。
現在境内にある銀杏は戦後明治神宮より移植されたものらしい。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

須賀神社(台東区)

縁起によると、推古天皇の時代に、この地で疫病が流行しました。
このあたりの森に牛頭天王を祭った祠(ほこら)がありましたので、
その祠に郷の人々は病気平癒を祈りますと、尽く快気したとのことです。
明治時代の神仏分離令により、天台宗東叡山寛永寺真鏡山宝現院大円寺より
分離され 須賀神社と改名されたとのこと。
関東大震災の災失、第二次世界大戦の焼失のため、今の社殿は鉄筋コンクリート製となったということです。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

第六天榊神社

景行天皇の時代、日本武尊が東夷征伐の折に創祀したという。古くから「第六天神宮」と呼ばれてきたが、明治時代に社号を「榊神社」へ改称した。
「第六天神社」または「榊神社」と呼ばれることも多い。
元々は神仏習合の時代に第六天魔王(他化自在天)を祀る神社として創建されたものだと考えられる。
明治の神仏分離の際、多くの第六天神社がその社名から神世七代における第六代のオモダル・アヤカシコネ(面足命・惶根命)に祭神を変更した。当社も同様と考えられる。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

蔵前神社

由緒によると、徳川第5代将軍綱吉公が元禄6年に京都八幡の石清水八幡宮を当地に勧請したのが始まりとの事。
江戸城鬼門除の守護神として、徳川将軍家祈願所の1社として篤く崇拝されてきた様である。
関東大震災および戦災により社殿を焼失し、隣接の稲荷神社と相殿・北野天満 宮とを合併合祀し藏前神社と改称した。
相撲とのかかわりが深く、江戸時代には境内で勧進大相撲が開催されていた様です。

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2014.11.09
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

川原湯温泉

かつて吾妻川の谷間の上部の道路沿いに、数軒の旅館がひしめく様に存在していた。

もう十数年前になるが、旅行雑誌にダムに沈む温泉という記事を見つけた。
たまたま長期出張で東京にいたので、休日にたずねてみることにした。
泊まった宿は、名前も忘れたが大きな木桶の露天風呂がある宿だった。
川のせせらぎが聞こえる中で入る露天風呂は格別のものだった。
また、共同浴場にも行ってみた。
硫黄の匂いの強い古い浴場だったが、趣きたっぷりでとても気に入ったのを覚えている。
ダムが中止になるやら、ならないやら、紆余曲折はあった様だが、今はダム湖のほとりになる
場所に移転したとの事。
再び訪れる時には、この地はきっと湖の底に沈んでいるのであろう。



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2014.11.02
群馬県吾妻郡

テーマ : 廃墟系
ジャンル : 写真

高尾山

古くから修験道の霊山とされた山である。
標高は599m。
中腹には、数多くの建物や文化財を有する高尾山薬王院がある。

交通アクセスの良さや、登山道がよく整備されていること、ケーブルカーなどを使って気軽に登山できることなどから、老若男女問わず登山者数が多く、世界一登山者数が多い山といわれている。

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2014.10.26
東京都八王子市

テーマ : 風景写真
ジャンル : 写真

薬王院

真言宗智山派の関東三大本山のひとつである。
聖武天皇の勅命により東国鎮護の祈願寺として、行基菩薩により開山されたと伝えられている。
京都の醍醐寺から俊源大徳が入り、飯縄権現を守護神として奉ったことから、飯縄信仰の霊山であるとともに修験道の道場として繁栄した。

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高尾山薬王院(東京都)


2014.10.26
東京都八王子市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

殺生石

殺生石は、昭和28年1月12日に史跡に指定。
付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒ガスがたえず噴出しており、「鳥獣がこれに近づけばその命を奪う、殺生の石」として古くから知られている。

昔中国やインドでで美しい 女性に化けて悪行を重ねていた白金毛九尾の狐が
今から800年程前の鳥羽天皇の御世に日本に渡来。
この妖狐は「玉藻の前」と名乗って朝廷に 仕え日本の国を亡ぼそうとしたが、
時の 陰陽師阿部泰成にその正体を見破られて那須野ヶ原へと逃れて来た。
その後も妖狐は領民や旅人に危害を加えたので、
朝廷では三浦介、上総介の両名に命 じ遂にこれを退治した。
ところが妖狐は毒石となり毒気を放って人 畜に害を与えたため、
これを「殺生石」と 呼んで近寄ることを禁じていた。
会津示現寺の開祖源翁和尚が石にこもる妖狐のう らみを封じたので、
ようやく毒気も少なく なったと語り伝えられている。

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2014.10.19
栃木県那須郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

那須温泉神社

那須湯本温泉にある神社である。
由緒は以下のとおりとのこと。

創建は第34代舒明天皇(629~641)の御代、
狩野三郎行広が近くの村々で悪行を働いた大白鹿を追って山中に迷い込み、
白髪の老人から、
「吾は温泉の神なり汝の求める鹿はかの谷間の温泉に浴しておれり、その温泉は万病をなおして甚だ効あり。鹿の浴するも手負いを癒さんがためなり、汝よろしく之を聞きて万民の病苦を救うべし。」
と告げられ、「鹿の湯」を発見したことから、
先程の老人が神様だと悟りこの地に祀ったのが始まりとされます。

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2014.10.10
栃木県那須郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

梅照院

新井薬師としてよく知られている寺院である。
駅前から山門にかけては商店街の続く門前町となり、地域住民からも新井薬師として古来親しまれている。
江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名である。

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梅照院 新井薬師(東京都中野区)

2014.10.18
東京都中野区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

氷川神社 ・気象神社 (杉並区)

天文年間(1531年~1544年)の創建と伝えられる。
近くに別当寺であった宿鳳山高円寺がある。
高円寺村の鎮守として崇められていた。

全国でも唯一といわれている気象神社が同地に祭られている。
大日本帝国陸軍の陸軍気象部の構内にあったものが、遷座したとのこと。

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高円寺氷川神社・気象神社(東京都)



2014.10.18
東京都杉並区

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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

醍醐寺

真言宗醍醐派総本山の寺院である。
本尊は薬師如来であり、開基(創立者)は理源大師聖宝である。
古都京都の文化財として世界遺産に登録されている。

訪れた日は、台風の接近の所為で早い時間に閉門となったため
ゆっくり見ることができなかった。
また時間のあるときゆっくり訪れることにしよう。

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醍醐寺(京都府)

2014.10.13
京都府京都市山科区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

近江神宮

皇紀2600年を記念して1940年(昭和15年)に創祀された神社である。
天智天皇が667年にこの地に近江大津宮を営み、飛鳥から遷都とした由緒に因み、同天皇を祭神として創祀された。
『小倉百人一首』の第1首目の歌を詠んだ天智天皇にちなみ、競技かるたのチャンピオンを決める名人位・クイーン位決定戦が毎年1月に行われている。
アニメ『ちはやふる』の舞台ともなった。

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近江神宮(滋賀県)


2914.10.13
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

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Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

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