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善養寺 (世田谷区)

善養寺は多摩川のほとり、国分寺崖線沿いに位置し真言宗智山派に属する寺院である。
本堂の前にあるカヤの大木は樹齢700年とも800年ともいい、1964年に東京都の天然記念物に指定されている。
このお寺で目を引くのは、境内にある大きな石造たち。
ちなみに、狛犬の様に門の左右にいるのは海駝(かいだ)という架空の神獣である。
頭は牛、胴は獅子、足は駱駝で鱗に身を包んだ姿をしており、水を持って火を制し、燃え盛る参詣者の煩悩(ぼんのう)の炎を、この場所で消し去るべく、聖なる火を身体にまといながら、鎮座しているそうです。

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2015.1.25
東京都世田谷区
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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

野毛六所神社

等々力渓谷に程近い坂の上に、六所神社はある。
おそらくかつては、多摩川を見おろすことができたであろう場所で、国分寺崖線の隅に当たるような場所だ。
元和年間(1615-1623)の洪水のとき、府中の方から流れてきた社を祀ったのに始まるという。
この社は府中にある大国魂神社のものらしい。
明治31年に付近にあった末社天祖神社、山際神社、日枝神社、北野神社の4社を合祀して、今に至るという。
ちなみに野毛と言う地名はこのあたりと、多摩川を挟んで対岸の川崎市高津区にある。
今のように河川が整備されていなかった昔は、川は大きく蛇行していて両野毛は地続きだったのだと思われる。
今でも氏子さんは対岸にもいるそうである。

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2015.1.25
東京都世田谷区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

秋保大滝

名取川上流部にある滝で、日本の滝百選の1つにも数えられる。
「日本三大瀑布(大滝)」あるいは「日本三名瀑」の1つに数えられている。

滝壺の近くまで遊歩道が続いていて容易にアクセスできるが
冬季は雪や氷に阻まれて大変である。

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2015.2.15
宮城県仙台市

テーマ : 雪の風景
ジャンル : 写真

秋保大滝不動尊

滝本山西光寺というのが正式名称ですが、秋保大滝不動尊と呼ばれています。
山形県山寺の立石寺の奥の院とされ、貞観年間、慈覚大師円仁が東北巡錫の折、
堂のすぐ側に落ちる秋保大滝で100日間の荒修行をしたのち、立石寺を開山したと伝えられています。
神仏習合の名残を見せるお寺で、入り口には鳥居がありました。

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2015.2.15
宮城県仙台市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

宮城峡蒸溜所

ニッカウヰスキーのウイスキー蒸溜所である。
昭和42年に余市蒸溜所に次ぐ第二の蒸留所として解説された。

所謂大人の社会見学を楽しんできた。

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2015.2.15
宮城県仙台市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

松島星景

奥松島の星景。
南西の方は、仙台の街明かりであろうか。
かなり明るかったのが残念。

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2015.2.14
宮城県東松島市

テーマ : 星の写真
ジャンル : 写真

tag : 星のある風景

松島夕景

松島は、仙台平野を南北に分ける松島丘陵の東端が海にまで達し、それが沈水して出来たリアス式海岸が
さらに進んだ沈降地形で、溺れ谷に海水が入り込み山頂が島として残った多島海である。
この特徴的な地形から、日本三景のひとつとされている。

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2015.2.14
宮城県東松島市

テーマ : 夕景・夜景
ジャンル : 写真

蔵王の樹氷

蔵王の樹氷を、ずっと見たいと思っていた。

やっと蔵王に行くことができた。



が、天候は不良。

吹雪でほとんど樹氷が見えない。


きっといつかリベンジするぞ。

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2015.2.14
山形県山形市

テーマ : 雪の風景
ジャンル : 写真

雪の廃遊園地

今では訪れる人もいなくなった遊園地。

かつて子供達を喜ばせていた遊具も、雪の中で寒そうである。

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2015.2.13
宮城県大崎市

テーマ : 雪の風景
ジャンル : 写真

宮城蔵王キツネ村

宮城県白石市北西部にある、キツネの展示を中心とした民間の動物園である。

友人達と宮城に出かけた際に立ち寄ってみた。

寒い中、狐達が出迎えてくれた。

今は繁殖期らしく、雄同士の争いなどが見られた。

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2015.2.13
宮城県白石市

テーマ : 動物の写真
ジャンル : 写真

氷室神社(川口市)

創建等は不詳の様である。
由緒書きによれば
「氷室神社の創建は古く、村民の口伝によれば、遠く建武の時代以前(およそ700年前)にさかのぼります。
天正19年、(西暦1591年)徳川家康公によって朱印地大明神領として米5石を寄進されたとあります。
ご祭神は大鷦鷯命(オオサザキノミコト)第16代仁徳天皇(にんとくてんのう)であります。天皇は応神天皇の皇子で、日本書紀によれば幼くして聡明叡智、天皇になられてから仁寛慈恵のお方であります。」(以下略)

氷室神社といえば関西にはいくつかあるように思うのだが、それらと何かかかわりがあるのか。
すぐ東側には旧別当の天台宗氷室山真光寺というお寺がある。
滋賀県大津市の天台宗総本山である延暦寺の近くにも氷室があったことから、同じ天台宗の真光寺により関西から勧請されたのかもしれない。

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2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

羽盡神社(川口市)

羽盡神社(はぞろじんじゃ)は、産業道路に程近いところにある神社です。
創建などは不詳の様ですが、江戸時代後期に編纂された『新編武蔵風土記稿』によると、
「波曾呂社は、本郡の古社にして祭るところ羽明玉命(はかるたまのみこと)なり、日本書紀に、須佐之男命、将昇天時、有一神、号羽明玉、此神奉迎、而進以瑞八坂瓊之曲玉、故須佐之男命、持其瓊玉、而到之於天上也、と一書の文を載せたり、されど鎮座の年代詳ならず、天児屋根命、太玉命の二座を祀れる社なりと、未何れが正しとすることを知らず、今神体とする所は径六寸の円鏡にて、建武二年(1335)の銘文あり」と記されています。

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2015.1.17
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

鶴ケ丸八幡神社(川口市)

芝村の代官熊沢三郎左衛門忠勝が、寛永3年(1626)安房国(千葉県)の鶴ヶ谷から八幡宮を勧進して建てたものだそうである。
当時、幕府の命で忠勝は、改易となった里見忠義の後を受け、安房の地にしばしば赴いていた。
鶴ヶ谷八幡宮が同地の総社として聞こえの高かったことから、芝村の安穏と熊沢一族の繁栄を願い、当地に分霊したものであると考えられている。

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2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

力神社(川口市)

道路わきに小さな神社があった。
書かれている由緒は以下の通りである。
『当社の鎮座する伊刈は、一説には、かつて「怒」の字が当てられていたと伝える。
 また、古くは芝村の内にあり芝伊刈と称していたが、元禄3年(1690)の検地の際に分村したという。
 【新編武蔵風土記稿】伊刈村の項に当社は「力大明神社 村の鎮守なり、村持、相伝ふ、昔六代禅師(ろくだいぜんじ)此地に来りし時、其従者を祭れり、神号はかの従者の名の一字を取て称すといへど、事実詳ならず」とあり、末社は「稲荷社 六代権現を合祀す、これは六代禅師を祭れり」とある。
 現在の主祭神は天手力男命(あめのたぢからをのみこと)であるが、明治に入って社名の「力」から連想されたものであろう。
 また、相殿に稲荷神と高木神(たかむすび)を祀ることから、高木神は『新編武蔵風土記稿』にある六代権現を改めたものであろうか。
 ここに登場する六代禅師(ろくだいぜんじ)は、平清盛(たいらのきよもり)の嫡流のひ孫に当たる人物で、父は、源平合戦で平家の総大将となった平維盛(たいらのこれもりである。
 諸記録によると、六代は幼名で、幼かったため平家の西走には加わらず、母と共に京に潜伏していたが、文治元年(1185)北条時政(ほうじょうときまさ)に捕らえられた。
 しかし、文覚上人(もんがくしょうにん)の助命により上人の下に置かれ、一時、高清(たかきよ)と名乗ったが、出家して妙覚(みょうがく)となった。
 文覚上人流罪の後捕らえられ、建久9年(1198)に斬られたとされるが、当地方では、守り本尊の加護により当地に難を逃れ、草堂を営み、一門の菩提(ぼだい)を弔ったとされ、当社の近くには、妙覚の墓所又は首塚と伝える塚もある当社の鎮座する伊刈は、一説には、かつて「怒」の字が当てられていたと伝える。
 また、古くは芝村の内にあり芝伊刈と称していたが、元禄3年(1690)の検地の際に分村したという。
 『新編武蔵風土記稿』伊刈村の項に当社は「力大明神社 村の鎮守なり、村持、相伝ふ、昔六代禅師(ろくだいぜんじ)此地に来りし時、其従者を祭れり、神号はかの従者の名の一字を取て称すといへど、事実詳ならず」とあり、末社は「稲荷社 六代権現を合祀す、これは六代禅師を祭れり」とある。
 現在の主祭神は天手力男命(あめのたぢからをのみこと)であるが、明治に入って社名の「力」から連想されたものであろう。
 また、相殿に稲荷神と高木神(たかむすび)を祀ることから、高木神は『新編武蔵風土記稿』にある六代権現を改めたものであろうか。
 ここに登場する六代禅師(ろくだいぜんじ)は、平清盛(たいらのきよもり)の嫡流のひ孫に当たる人物で、父は、源平合戦で平家の総大将となった平維盛(たいらのこれもりである。
 諸記録によると、六代は幼名で、幼かったため平家の西走には加わらず、母と共に京に潜伏していたが、文治元年(1185)北条時政(ほうじょうときまさ)に捕らえられた。
 しかし、文覚上人(もんがくしょうにん)の助命により上人の下に置かれ、一時、高清(たかきよ)と名乗ったが、出家して妙覚(みょうがく)となった。
 文覚上人流罪の後捕らえられ、建久9年(1198)に斬られたとされるが、当地方では、守り本尊の加護により当地に難を逃れ、草堂を営み、一門の菩提(ぼだい)を弔ったとされ、当社の近くには、妙覚の墓所又は首塚と伝える塚もある。当社の鎮座する伊刈は、一説には、かつて「怒」の字が当てられていたと伝える。
 また、古くは芝村の内にあり芝伊刈と称していたが、元禄3年(1690)の検地の際に分村したという。
 『新編武蔵風土記稿』伊刈村の項に当社は「力大明神社 村の鎮守なり、村持、相伝ふ、昔六代禅師(ろくだいぜんじ)此地に来りし時、其従者を祭れり、神号はかの従者の名の一字を取て称すといへど、事実詳ならず」とあり、末社は「稲荷社 六代権現を合祀す、これは六代禅師を祭れり」とある。
 現在の主祭神は天手力男命(あめのたぢからをのみこと)であるが、明治に入って社名の「力」から連想されたものであろう。
 また、相殿に稲荷神と高木神(たかむすび)を祀ることから、高木神は『新編武蔵風土記稿』にある六代権現を改めたものであろうか。
 ここに登場する六代禅師(ろくだいぜんじ)は、平清盛(たいらのきよもり)の嫡流のひ孫に当たる人物で、父は、源平合戦で平家の総大将となった平維盛(たいらのこれもりである。
 諸記録によると、六代は幼名で、幼かったため平家の西走には加わらず、母と共に京に潜伏していたが、文治元年(1185)北条時政(ほうじょうときまさ)に捕らえられた。
 しかし、文覚上人(もんがくしょうにん)の助命により上人の下に置かれ、一時、高清(たかきよ)と名乗ったが、出家して妙覚(みょうがく)となった。
 文覚上人流罪の後捕らえられ、建久9年(1198)に斬られたとされるが、当地方では、守り本尊の加護により当地に難を逃れ、草堂を営み、一門の菩提(ぼだい)を弔ったとされ、当社の近くには、妙覚の墓所又は首塚と伝える塚もある』

なかなか由緒深い神社ですね。

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2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

春日神社(川口市)

芝川に程近い丘の上に鎮座する神社である。
社伝によると宇多天皇寛平元年に氏子13戸が奈良から勧請して奉斎したもので、
建久5年には源頼朝から永七貫文の寄進を受け、石段を建設したと伝えられる。
後に当社別当たる日蓮宗の僧が、天照皇大神と八幡大菩薩を勧請して「三社宮」と称したが、
明治維新に際し神仏混淆を廃して「春日神社」となった様である。
本殿裏にかなり古い狛犬が祀られていた。

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2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

観福寺(川口市)

千手観音をご本尊とし、開基妙覚上人が難を逃れたことから  厄除けの観音様としても知られる。
地元では前川観音と呼ばれており、前の通りの道路名にもなっている。
足立坂東観音霊場の32番札所である。

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2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

前川神社(川口市)

江戸時代に火災に遭って社殿と資料が焼失してしまったため、創建の詳細は不明である。
以現在の浦和市あたりにあった御神体が、大洪水で流れ着いたのがこの地であったことから、勧進されたと伝えられている。
御神体がこの地で堰き止られたことから「堰神社」や「勢貴社」と呼ばれていた。後に地名から前川神社と改められたとの事。
洪水をはじめ厄除けの神様として祀られ、篤い信仰を受けている。
本殿は、「見世棚造」と呼ばれる、安土桃山時代の様式を残した造りで、川口市文化財指定を受けている貴重なものである。

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前川神社(埼玉県)


2015.1.12
埼玉県川口市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

太子堂八幡神社

創建年代は不詳であるが、社別当円泉寺の縁起によると文禄年間(1592-1596)の創祀であるとの事。
平安時代後期源義家が父頼義と共に朝廷の命をうけ陸奥の安倍氏征討に向う途中この地を通過するに際し、八幡神社に武運を祈ったと伝えられていることより、石清水八幡宮の御分霊を勧請し村の守護神として祀った様である。

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2015.1.18
東京都世田谷区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

若林稲荷神社

かつては福寿稲荷と呼ばれていた様です。
創建年代は不詳ですが、1769(明和6)年に地頭より社領を寄附されており、また元禄5年(1692年)の手水鉢が残されていることから、江戸時代初期から中期にかけての創建と推定されています。
若林鎮守三社の一社で、同じく鎮守三社の一社であった天祖神社が合祀されています。

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2015.1.18
東京都世田谷区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

松蔭神社(世田谷区)

江戸時代末(幕末)の思想家・教育者である吉田松陰を祭神とする神社である。
かつて長州藩主の別邸があった場所に、門下の人々によって松陰を祀る神社が創建されたものである。

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2015.1.18
東京都世田谷区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

プロフィール

Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

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