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高野山 壇場伽藍

高野山は空海によって、修行の場として開かれた。
高野山真言宗、ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地である。
「壇場伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。
山内は全て「一山(いっさん)境内地」として金剛峯寺の境内となっている。

壇場伽藍は一般寺院でいう本堂の区画である。
空海が曼荼羅の思想に基づいて創建した密教伽藍の総称であり、高野山の二大聖地の一つである。

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2015.8.6
和歌山県伊都郡
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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)

空海が金剛峯寺を建立するにあたって丹生都比売神社が神領を寄進したと伝えられ、古くより高野山と深い関係にある神社である。
丹生都比売神社は高野山への入り口にあたることから、高野山参拝前にはまず丹生都比売神社に参拝する習わしであったという。
丹生都比売神社自体も高野山からの影響を強く受け、境内には多くの仏教系の遺跡・遺物が残る。

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2015.8.6
和歌山県伊都郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)

社伝によると空海によって創建されたという。
高野山の領する官省符荘の鎮守とされてきた。
「官省符荘」とは本来は太政官符・民部省符を得て不輸租を認められた荘園を指す言葉である。
本殿は国の重要文化財であり、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産の一部でもある。

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2015.8.6
和歌山県伊都郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

慈尊院(和歌山)

空海が嵯峨天皇から高野山の地を賜った際に、高野山参詣の要所に当たる九度山の雨引山麓に、高野山への表玄関として伽藍を創建し、高野山一山の庶務を司る政所を置き、高野山への宿所ならびに冬期避寒修行の場としたことに始まる。
空海の母は息子の空海が開いた高野山を一目見ようとやって来たが、高野山は女人禁制であったために、この政所に滞在した。
空海はひと月に9度政所の母を訪ねてきたので、この辺りに「九度山」という地名が付けられたと言われている。

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2015.8.6
和歌山県伊都郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

今宮神社 (京都市)

現在の今宮神社がある土地には平安遷都以前から疫神スサノオを祀る社があったとされる。
平安遷都後にはしばしば疫病や災厄が起こり、神泉苑、上御霊神社、下御霊神社、八坂神社などで疫病を鎮めるための御霊会が営まれた。
都で大規模な疫病がはびこったため、朝廷は神輿2基を造って船岡山に安置し、音楽奉納などを行なった後、疫災を幣帛に依り移らせて難波江に流した。
これが、今宮祭の起源とされている。

別名「玉の輿(たまのこし)神社」とも言われる。
西陣の八百屋に生まれた「お玉」が徳川3代将軍家光の側室となり、5代将軍綱吉の生母・桂昌院として従一位となった。このことが「玉の輿」ということわざの由来になったとの説がある。桂昌院は京都の寺社の復興に力を注いだが、今宮社に対する崇敬と西陣に対する愛郷の念が非常に強かったといわれている。

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2015.8.5
京都府京都市北区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

雲林院

臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭の一つである。
紫式部はこの周辺で生まれ育ったとされ、その名も、雲林院の建つ紫野に由来するといわれている。
『源氏物語』第10帖の「賢木」に、雲林院が登場する。

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2015.8.5
京都府京都市北区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

建勲神社(たけいさおじんじゃ)

織田信長を祭る神社である。
正しくは「たけいさおじんじゃ」と読むが、一般には「けんくんじんじゃ」と呼ばれ、「建勲(けんくん)さん」と通称される。

明治2年に「日本が外国に侵略されなかったのは、天下統一をめざして日本を一つにまとめた信長のおかげ」として、
戦国時代を天下統一、朝儀復興などを進めた織田信長を賛えるための神社の創建が明治天皇により決定された。
信長の子孫で天童藩知事・織田信敏の邸内(東京)に造営され、明治13年現在の地に東京より遷座した。

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2015.8.5
京都府京都市北区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

御霊神社(木津川市木津)

『勧請記』によると
 清和天皇貞観18年(876)天下太平悪気防護の守護神として創立
 享保年間(1716~36)に再建され、御霊神社と称される とあるそうである。

昭和48年に木津ニュータウン建設計画によって、社有地を売却し、その費用をもって現地に移転した様である。

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2015.8.4
京都府木津川市


テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

柳森神社

太田道灌公が江戸城の鬼門除けとして、多くの柳をこの地に植え、京都の伏見稲荷を勧請したことに由来するそうです。
椙森神社、烏森神社と共に江戸三森の一社と呼ばれます。

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2015.7.26
東京都千代田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

平塚神社

創建は平安後期元永年中といわれています。
八幡太郎源義家公が奥州征伐の凱旋途中にこの地を訪れ領主の豊島太郎近義に鎧一領を下賜されました。
近義は拝領した鎧を清浄な地に埋め塚を築き自分の城の鎮守としました。
塚は甲冑塚とよばれ、高さがないために平塚ともよばれました。さらに近義は社殿を建てて義家・義綱・義光の三兄弟を平塚三所大明神として祀り一族の繁栄を願いました。
徳川の時代に、平塚郷の無官の盲者であった山川城官貞久は平塚明神に出世祈願をして江戸へ出たところ検校という高い地位を得、将軍徳川家光の近習となり立身出世を果たしました。
その後家光が病に倒れた際も山川城官は平塚明神に家光の病気平癒を祈願しました。
将軍の病気はたちどころに快癒し、神恩に感謝した山川城官は平塚明神社を修復しました。
家光も五十石の朱印地を平塚明神に寄進し、自らもたびたび参詣に訪れました。
<神社ご由緒による>

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平塚神社(東京都)

2015.7.20 (ご朱印は2013.5.26)
東京都北区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

tag : ご朱印

大原稲荷神社(東京都中央区)

創建年代等は不詳の様です。
文久2年(1862)刊行の絵図に記載のあることから江戸時代末期にはすでに存在していたと考えられます。
この地は日本橋川から楓川に通じる運河要衝の地で、海運・芸能の神として信仰されてきた様です。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

鳥居稲荷神社

享保2年(1717)当時この地にあった鳥居丹波守忠瞭(下野壬生藩主)の上屋敷内に祀られていた神社の様です。
享保6年(1721)の大火により、鳥居丹波守忠瞭(下野壬生藩主)の上屋敷は移転したものの、新たに神田塗師町・新銀町・松下町から引き移ってきた人々によって神社が維持されてきた様です。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

日比谷稲荷神社

神社御由によると

日比谷は、元々江戸海岸の入江であって、ヒビを立てて海苔を採っていたので「ヒビ谷」と称しました。長禄元年に、太田道灌が江戸城を築いた時、天地の恵みに感謝して、生命の根である稲霊神を祭るため、城外日比谷の海岸(現在の日比谷公園の土地)に、御社殿を建てたのが、此の日比谷稲荷神社の始まりであります。
 天正十八年(1590)より慶長七年(1602)に至る十三年間は、徳川家康が、江戸城の主として、関東太守でありましたが、慶長八年二月十二日、天皇より征夷大将軍に任ぜられると、江戸城は、一躍天下の主城としての大拡張工事を始めることになりました。
 慶長十一年(1606)に、日比谷稲荷神社の所に、江戸城日比谷御門が建設されることになった為に、代替地を芝口に賜って移転したのが、現在の新橋四丁目十三番地(更に平成二十一年に東新橋二丁目一番地一号に移転)の日比谷神社であります。
 然し、どうしても海岸に祀られないと困る崇敬者の人々は、日比谷稲荷大神を戴いて、八丁堀先の干潟を埋築し、そこに御社殿を造営して、御神霊を御遷座申し上げたのが、当神社、日比谷稲荷神社であります。
 日比谷稲荷神社は、此の新しい土地の地主神として、丁寧に祭祀されていたので、此の一角は、永い間に亘って、日比谷町と公称されていました。

とのことである。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

鐵砲洲稲荷神社

平安時代、凶作に悩む荏原郡桜田郷の住民が産土神を生成太神(いなりのおおかみ)として祀ったことに始まると言われている。
その後何度かの遷座を繰り返し、江戸時代初期に現地に遷座した模様。
江戸の水路網の入り口に位置することから、全国からの船乗りの崇敬を集めたようです。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

徳船稲荷神社

徳川期この地新川は、越前松平家の下屋敷が三方堀割に囲われ、広大に構えていた(旧町名越前堀はこれに由来する)。その中に小さな稲荷が祀られていたと言う。御神体は徳川家の遊船と舳を切って彫られたものと伝えられる。
明暦三年、世に云う振袖火事はこの地にも及んだが御神体はあわや類焼の寸前難を免れ、大正十一年に至るまで土地の恵比須稲荷の安置された。関東大震災では再度救出され、昭和六年隅田川畔(現中央大橋北詰辺り)に社を復活し町の守護神として鎮座したが、戦災で全焼。昭和二十九年中央大橋架橋工事のため、この地に遷座となる。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

高尾稲荷神社

江戸時代の遊女高尾太夫が仙台藩主伊達綱宗候に切り殺され、遺体が引き揚げられた当地に、
彼女の神霊高尾大明神を祀ったのを起源とするといいます。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

兜神社

東京株式取引所(東京証券取引所の前身)が設けられるに当り、明治11年(1878)5月に取引所関係者一同の信仰の象徴および鎮守として兜神社を造営されました。
境内に安置されている兜岩は、前九年の役(1050年)に源義家が東征のみぎりこの岩に願を懸けて戦勝を祈願したと伝えられ、当地名日本橋兜町の由来ともなっています。

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2015.7.19
東京都中央区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

秋葉神社(表参道)

金王八幡宮の境外末社である。
文政10年(1827)6月の創立といわれ、昔は青山善光寺境内で鎮守本社として奉祭されていた。
明治維新後、神仏分離により単独の神社となる。
御祭神は稲荷大神・秋葉大神・御嶽大神を奉斎するゆえに三社様とも、また秋葉神社とも呼ぶ様である。
戦災によって鉄筋の本殿以外を焼失。そののちに氏神金王八幡宮大修理の際の仮殿を譲り受けて移築し拝殿とした様である。

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2015.7.12
東京都港区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

大谷口氷川神社(さいたま市緑区)

創建は不明の様である。
このあたりの鎮守社として祀られている。
「風土記稿」によれば、大谷口村は、中尾、広ヶ谷戸、道祖土、柳崎の四か村も含んで一村をなしていましたが、元禄年間(一六八八~一七〇四)にそれぞれ分村したと云われいます。
この神社は、この五か村の鎮守として崇敬され、慶安二年(一六四九)には、朱印地一〇石を拝領していることから、分村以前から祀られていたことが記録からわかります。

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2015.7.5
埼玉県さいたま市

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明神社(さいたま市緑区)

平将門を祭る神社である。
将門の家来が戦に破れ落ち延びた際、この地の国谷家にししばらくの間かくまわれた。
後に将門の末裔に当たる欧州相馬氏が祀った相馬小高神社から分霊を勧請したそうである。

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2015.7.5
埼玉県さいたま市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

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