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蒲田八幡神社

創建は不詳の様です。
慶長年間に北蒲田村より新宿村として分村した際に、薭田神社を勧請して新宿村鎮守として創建されたものと伝えられています。

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2016.1.11
東京都大田区
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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

薭田神社(ひえたじんじゃ)

創建は不詳ですが、社伝によれば709年(和銅2年)の創建だとされています。
和銅2年(709)僧行基が天照、八幡、春日の三神体を造り、薭田神社を創建、後日蓮上人が開眼したと伝えられています。

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2016.1.11
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

御園神社

創建は不詳の様です。
元は多摩川の洪水により流れついた、猿田彦命を祀ってあった様です。
蒲田駅東口にあった旧八幡神社を、東海道線敷設のため当地へ遷座して御園神社としたと伝えられています。

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2016.1.11
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

女塚神社(おなづかじんじゃ)

元は女塚村・御園村の鎮守で八幡社と言っていたそうです。
明治5年に新橋・横浜間に東海道線が敷設される際に、社地が接収され
現地に移転した様です。
この地は元々新田善興の侍女で、謀略により命を奪われた少将局が祀られていた地でした。
このことより社名を女塚神社とした様です。

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2016.1.11
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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徳持神社

創建年代は不詳の様ですが、建長年間(1249-55)とも伝えられています。
豊前の宇佐八幡宮より御分霊を勧請し徳持村の鎮守であった様です。
池上競馬場の開設に伴い現在の地に移転したといいます。

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2016.1.10
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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大田神社(大田区)

創建年代は不詳の様です。
かつては、家運八幡宮と称していた様で、この地の鎮守社だった様です。
神体は那須與一宗高の守本尊と伝えられている。

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2015.1.10
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

新井宿春日神社

創建の年代は不詳のようです。
一説には鎌倉時代の創建と伝えられ、当地に仮寓した鎌倉の残党が奈良春日大社の御分霊を勧請したのがの始まりといわれています。

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2016.1.10
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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山王熊野神社(大田区)

創建年代は不詳な様です。
平将門の乱の鎮圧に下向した藤原恒望に従った熊野五郎武通がこの神社に戦勝を祈願したと伝えられています。
1600年代にこの地域の地頭木原木工允が日光造営の棟梁を務めた際にその余材で社殿を造営したといいます。
神社のある山の麓にある善慶寺は元別当だった様です。

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2016.1.10
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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鷲神社(大森)

創建は不詳のようです。
磐井神社の別当密厳院の守護神をお配りしたことからはじまるとの説があるようです。
江戸時代中期より信仰を集め、「鷲宮」と称していたといいます。

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2016.1.10
東京都大田区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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金剛輪寺

湖東三山のひとつに数えられる寺院である。
寺伝によれば奈良時代の僧・行基の開創とされ、創建は天平9年(737年)または天平13年(741年)と伝える。
金剛輪寺の所在地は、以前は秦川村といったことから、渡来系氏族の秦氏とも何らかの関係があったと言われている。
天台宗の僧・円仁(慈覚大師)によって再興されたと伝え、寺では円仁を中興の祖としている。以上の創建伝承を裏付ける確かな史料はないが、伝来する仏像の制作年代などから、平安時代後期には寺が存在したとみられる。平安時代から中世にかけての金剛輪寺の歴史は必ずしも明らかでないが、寺内には平安時代後期から鎌倉時代の仏像が多く残る。

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2016.1.1
滋賀県愛知郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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西明寺

湖東三山のひとつに数えられるお寺である。
寺伝によれば平安時代初期、三修上人の創建という。
三修上人は、修験道の霊山として知られる伊吹山(滋賀・岐阜の県境にある)の開山上人と伝えられる半ば伝説化した行者である。
伝承によれば、琵琶湖の西岸にいた三修上人は、湖の対岸の山に紫の雲のたなびくのを見て不思議に思った。
そこで神通力を用いて一気に水面を飛び越え、対岸に渡ると、今の西明寺のある山の中の池から紫の光がさしていた。
三修上人がその池に祈念すると、薬師如来の像が出現し、その姿を刻んで祀ったのが寺のはじまりであるという。
織田信長によって比叡山傘下の天台寺院をも焼き討ちされたことにより荒廃していたが、徳川家などの庇護を受けて徐々に復興し、近代に至っている。

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2016.1.2
滋賀県犬上郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
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胡宮神社

創建は不詳のようですが、背後の青竜山の巨石信仰に起源することは間違いないようです。
もとは桜宮といい多賀町桜町にあったものを9世紀から10世紀前半の敏満寺創立のとき、
守護神として現在地に移したと伝える。
敏満寺は聖徳太子開基の天台宗の寺院で、湖東三山と並ぶほどの大きな寺院でした。
戦国時代、浅井長政・織田信長の兵火により焼失し、廃寺となったようです。
その後、織田信長により、敏満寺の旧領地3ケ村を与えられ再建された福寿院が別当となり、
多賀大社奥の院または別当として崇敬されていったようです。

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2016.1.2
滋賀県犬上郡

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多賀大社

古くから「お多賀さん」として親しまれた神社である。
当社は中世から近世にかけて伊勢・熊野とともに庶民の参詣で賑わった。
「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」との俗謡もあり、ここに見る「お多賀の子」とは、伊勢神宮祭神である天照大神が伊邪那岐命・伊邪那美命両神の御子であることによる。
神仏習合により神宮寺配下の坊人が全国にお札を配って信仰を広め、中世から近世にかけて伊勢・熊野とともに庶民の参詣で賑わった様である。


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2016.1.2
滋賀県犬上郡

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島頭天満宮

創建は不詳の様です。
寛永年間にはすでに存在していた様で、当時は「産須那神社」という名であった様です。
現在の社殿は1857年(安政五年)に再建されたものです。
昭和53年に現在の名(島頭天満宮)に改められたとのこと。
境内には大きな楠があります。

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2016.1.1
大阪府門真市

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萱島神社

京阪本線萱島駅の高架下にあるという変わった立地の神社である。
このあたりはかつて、「萱島流作新田」と呼ばれる開拓新田であった。
鎮守として天明7年(1787年)に萱島開拓の祖神を祀ることとなり、豊受大神・菅原道真が勧請・合祀された。
この神社は明治40年(1907年)に一旦廃社となった。
この地には樹齢700年と推定される楠があった。
昭和47年(1972年)に京阪本線を高架・複々線にした際、地元の人々のクスノキに寄せる尊崇の念に応えて
駅のホーム・屋根に空間を設けてクスノキを残すことになった。
楠の隣の駅の下の敷地に京阪電鉄が社殿を造営・寄進し、昭和55年(1980年)7月、「萱島神社」として再興された。

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2016.1.1
大阪府寝屋川市

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堤根神社

茨田堤鎮守として創建された神社である。
祭神は彦八井耳命・菅原道真である。茨田堤築造に関係の深い茨田氏が、堤の鎮守として祖神・彦八井耳命を祀ったものと伝えられる。

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2016.1.1
大阪府門真市

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茨田の堤(まむたのつつみ)

茨田の堤は古事記・日本書紀に記述がみえる最古の堤防で、5世紀頃淀川の洪水を防ぐため、渡来人などの技術を用いて築かれている。
 『日本書紀』仁徳天皇11年10月条に「将に北の河(淀川)の浸水を防がんとして茨田の堤を築く」とあり、淀川の浸水を防ぐために茨田の堤を築いた事がみえ、『古事記』仁徳天皇段には「秦人を役だちて茨田堤及び茨田三宅を作る」とある。
昭和の初期までは茨田堤跡がもっと長く残っていたが宅地開発により削られているが昭和48年に大阪府史跡「伝茨田堤」に指定され一部が残されている。

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2016.1.1
大阪府門真市

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津嶋部神社(つしまべじんじゃ)

諸資料によれば、もとは現在地から約500mほど北東の対馬江(現寝屋川市)にあったが、大洪水によって被災したことから現在地に遷座したという。
大阪府全誌には、 「大字対馬江--里伝によれば、往時は今の庭窪村大字金田の郷社・津嶋部神社の鎮座にして、村名は同社名の転訛ならんといふ」とある。
 かつての淀川の支流・古川の中州が“津島”と呼ばれて、往古の船着場であったことから“津島江”と呼ばれたが、神社と同名を憚って同音の“対馬江”と変えたともいう。
祭神は津島女大神 、菅原道真、 素盞嗚尊である。
津嶋女大神(ツシマメ)について、由緒略記には、 「ツシマメ大神は古来より方除けの神として、また女神であることから安産・育児の守り神として崇拝され」とあるが、詳しい記述はない。

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2016.1.1
大阪府守口市

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新殿神社

かつては植樹神社と呼ばれていた様です。
京田辺市の朱智神社から勧請されたといいますが、詳細は不明です。
重要文化財の十三重石塔があり、神仏習合の時代にはここにお寺があったことを示しているようです。

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2015.12.31
京都府相楽郡

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森八幡宮(木津川市加茂町)

創建については不詳であるが、天平13年(741)聖武天皇恭仁京遷都の時、石川加美之刀を勅使として宇佐八幡に奉幣しこの地に勧請したと伝えてられている。
現在の社殿は台風で全壊したものを復元したとのこと。
神仏習合の名残の線形石仏が見事である。

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2015.12.27
京都府木津川市

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Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

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