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影絵

ビルの窓で反射した光が、大きな影絵を描いていた。

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2016.3.20
東京都港区
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テーマ : お散歩写真
ジャンル : 写真

芝離宮

江戸幕府の老中・大久保忠朝の上屋敷内に作庭した大名庭園楽寿園を起源とする回遊式庭園である。
かつては海に面し汐入の庭であったが、今ではビルに囲まれている。

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2016.3.20
東京都港区

テーマ : 街の風景
ジャンル : 写真

三ツ子稲荷(志木市)

志木市のHPには以下の記載がある

安政(あんせい)年間(1854から1859まで)のある年の夏、
江戸道沿いで青物等を商っていた長太郎は江戸の板橋へ仕入れに行った帰り、
白子(しらこ。現在の和光市)の坂で苦痛に耐える大狐を見つけ、かわいそうにと思い家に連れ帰った。
翌朝、大狐は3匹の子を産んだが、産後の肥立(ひだ)ちと乳の出が悪く、子狐は次々と死に絶え、
日ならずして親狐も死んでしまった。
この死を哀れんだ長太郎夫妻は、我が家の畑の隅に狐親子を葬り、そこにお稲荷さんの祠(ほこら)を建て、
3匹の子狐にちなんで正一位三ツ子稲荷大明神(しょういちいみつごいなりだいみょうじん)と名づけたという。
それが今も江戸道のわきにある三ツ子稲荷(写真)だといわれている。(本町3丁目付近の伝説)

住宅地の中にひっっそりと、小さな祠があった。
地域の人たちが大切にしている様で、新しい注連縄が飾られていた。
祠のすぐ近くのお宅には可愛いピンクのこぶしが咲いていた。

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2016.3.21
埼玉県志木市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

夕焼けだんだん

夕焼けの絶景スポットであることから、名づけられた階段。

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : 街の風景
ジャンル : 写真

せんべい

なんとも味のある、せんべい屋ですね。

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : お散歩写真
ジャンル : 写真

高山稲荷神社(品川)

創建年代は不詳です。
約五百年ほど前にこの地に創建されたと言います。
有馬邸(現在毛利公邸)の東北丘上にあつたので、高山稲荷と称した様です。
明治初期に現地に遷座したと言います。

しかし、背後の看板がなんともいえませんねぇ^^;;

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2016.3,22
東京都品川区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

飽きてきた

なんとまぁ

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : カメラ散歩
ジャンル : 写真

看板猫

これぞまさに、看板猫。

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : お散歩写真
ジャンル : 写真

芝浦妙法稲荷神社

「東京ポートボウル」というボウリング場の一角に、神社があった。
芝浦妙法稲荷神社である。
由緒によると
--
昭和7年(1932)、東京倉庫運輸株式会社がこの
地に進出の時、既にこの敷地の道幅一本に太い
柘榴の木と共にささやかに祀られた祠があった。
その建設者も名称も縁起も不明のまま、管理者
も不在であったので改築荘厳してお供物、お賽銭
は絶えなかった。
昭和46年(1971)、竹芝端の拡張に伴い倉庫の
改装を余儀なくされ、この稲荷の祠も改築遷座され
ることとなった。
この機会にそれまでの因縁を考え「芝浦妙法稲荷」
と名付け、広く地元の皆さんに開放、地域の仕合わ
せと発展をご守護願うことになる。
たまたま芝浦3丁目にあった芝浦稲荷が廃社にな
っており、「石造りのお社とお狐2体、灯篭2基、
手洗い1基、敷石等一式を差し上げます。」との話
を伝え聞き、地元住民の因縁を生かし社屋を竹芝
橋稲荷に移築合祀することとし、芝浦全地域の氏神
として復活した。
--
稲荷社の広報には釈迦様がいます。
これも神仏習合の姿なんでしょうか。

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2016.3.20
東京都港区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

開花宣言

東京の桜開花宣言が出されましたね。

昨日志木市の新河岸川沿いを散策していたのですが
川沿いの桜もぽつぽつ開き始めていました。
あと一週間ほどで満開でしょうね。

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2016.3.21
埼玉県志木市

テーマ : 花・植物
ジャンル : 写真

いくら

大量の箱。
これだけ食ったのかしら。。。。

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : カメラ散歩
ジャンル : 写真

子育て地蔵 江戸川橋

江戸川橋駅のすぐ近くに地蔵通り商店街があります。
名前から見て、近くにお寺でもあるのかと思いましたが
すぐ近くに小さな祠がありました。
この地蔵の由来は、明治の初め頃、神田川の氾濫でどこからか流れ着いたお地蔵様を
里人がお奉りしたのが始まりのようです。
地域の人に大切にされているお地蔵さんの様です。

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2016.2.14
東京都文京区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

谷中 延命地蔵

谷中銀座からよみせ通りにぬけて、まっすぐ進んでいくと左手に小さなお堂がありました。
祀られている延命地蔵は、今から三百七十余年前長野県南佐久郡切原村の黄檗宗の由緒ある、立派なお寺の偉いお坊さまが、
大変慈しんで信仰されていたお地蔵菩薩さまで、昭和八年に地元のお年寄りで信仰の篤いお方が分霊をお迎えして、
ここに安置されたものだそうです。
大変不思議なお力を持って救って下さる効き目があると伝え聞き、遠近よりお徳を偲んで大勢のお参りの人々がお見えに
なっているとのこと。

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2016.2.28
東京都台東区

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

石落神社(しゃくらくじんじゃ)

西大寺の東門前飛地境内に鎮座する神社で、西大寺の鎮守社です。
室町時代初期(1242年)に西大寺中興の祖叡尊によって祀られたのが始まりと伝えられています。
東塔建立後、残った心礎の欠け石がそのまま道に敷かれ、時の天皇(称徳天皇)が病気になり、
誰言うとなく石の祟りだとの噂が広がりその道に敷かれた石を祀ったのがこの社の起りという伝承があるそうです。

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2016.3.5
奈良県奈良市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

西大寺

真言律宗総本山の寺院である。
南都七大寺の1つとして奈良時代には壮大な伽藍を誇った。
お寺の名前は、地名や駅名にもなっていて有名である。
奈良時代に孝謙上皇の発願により、僧・常騰を開山(初代住職)として建立された。
平安時代に衰退したが、鎌倉時代に叡尊によって復興された。
叡尊が八幡神社に献茶した余服を民衆に振る舞ったことに由来する大茶盛は有名で
春・秋の大茶盛式の日には、茶道を学ぶ人たちで賑わいます。

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2016.3.5
奈良県奈良市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

八幡神社(元石清水八幡)

大安寺の旧境内地内にある神社である。
大安寺の鎮守で安産に効ありとの信仰があるようである。
『大安寺八幡宮御鎮座記』によると、入唐した大安寺の僧侶行教が帰朝の途次に豊前宇佐八幡宮に参籠してその神影を奉戴し
大安寺東室第7院の石清水房に鎮座したのが起源であるとされている。
後に神殿を造営して遷座し、「石清水八幡宮」と号して大安寺の鎮守神としたが、貞観元年(859年)に神託によって山城男山へ遷座したために改めてその跡に祀ったのが創祀であるとする。
このことより、石清水八幡宮の元宮ということで、元石清水八幡宮と呼んでいる様である。

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2016.3.5
奈良県奈良市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

推古天皇社

大安寺のすぐ隣にある。
大安寺の守護神とされていたようですが、松永久秀の兵火によって焼失したそうである。

案内板には
「推古天皇は、第29代欽明天皇の皇女にて18歳にて第30代敏達天皇の皇后となられた。皇后は眉目秀麗な美人だったと伝えられている。
第32代崇俊天皇崩御の後、皇位を巡って、さまざまの動きがあって、日本における最初の女帝となられ、聡明な聖徳太子に摂政を委ねられて、政治は国家意識を昂揚し理想社会を求める事であった。「外交の刷新・仏教に依て日本民族の思想と生活を改める事等」、従って日本の歴史の中でも輝かしい時代であった。」との記載があった。

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2016.3.5
奈良県奈良市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

大安寺

開基(創立者)は聖徳太子と伝える寺院である。
南都七大寺の1つで、奈良時代(平城京)から平安時代前半は東大寺、興福寺と並ぶ大寺であった。
大安寺の起源は聖徳太子が今の奈良県大和郡山市に建てた熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)であり、これが移転して、「百済大寺」(くだらのおおてら、くだらだいじ)、「高市大寺」(たけちのおおてら、たけちだいじ)、「大官大寺」(だいかんだいじ)と、移転と改称を繰り返し、平城京遷都とともに寺も新都へ移転して「大安寺」となったという。
都が平安京へ移ると次第に衰退し火災・地震による損害により廃寺に近い状態になっていた様である。
その後何度も再興されようとした様ですが、実を結ぶことは無かった様です。
明治15年に現本堂が建立され、昭和に入り現在の形で再興を果たした様です。

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2016.3.5
奈良県奈良市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

大宮神社(木津川市)

創建、由緒などは不明です。
崇道天皇と誉田別尊を祀っている様です。

崇道天皇とは早良親王のことだそうで、非業の死を遂げたことで知られる奈良時代の親王です。
親王の死後、不吉なことが立て続けに起こり、そのたびに「早良親王の祟りだ」と人々に恐れられたのだそうで
親王の怒りを鎮めるため奈良や京の都に神社を建ててお祀りしたと言われています。
この地は奈良と京都の中間的な位置にありますので、この神社もそういったものの一つかもしれません。
もう一柱の御祭神の誉田別尊(ほんだわけのみこと)とは応神天皇のことで八幡神(やはたのかみ)として
祀られています。

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2016.3.5
京都府木津川市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

triangle

ふと目に飛び込んだ大きな三角
これは面白い

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2016.2.11
東京都江東区

テーマ : お散歩写真
ジャンル : 写真

プロフィール

Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

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