FC2ブログ

白鬚神社

全国にある白鬚神社の総本社とされる神社である。
琵琶湖の中に鳥居が立っていることでも有名。

社伝では、垂仁天皇(第11代)25年に倭姫命によって社殿が建てられたのが当社の創建であるという。
また白鳳2年(674年)には、天武天皇の勅旨により「比良明神」の号を賜ったとも伝える。
慶長年間(1596年-1615年)には豊臣秀頼によって境内の整備が行われた。
本殿は重要文化財に指定されている。

IMG_4806.jpg

IMG_4793.jpg

IMG_4799_20160626205127d7b.jpg

IMG_4796.jpg


2016.5.6
滋賀県高島市

スポンサーサイト



テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

小野道風神社

小野神社の境外摂社である。
本殿は国の重要文化財に指定されている。
祭神の小野道風(896~966)は、小野篁の孫、好古の弟。平安中期の書家で、和風書体の創始者として、日本書道史上、最も重要な人物の一人である。書道にすぐれ、和様の基礎を築き、野蹟と呼ばれ、藤原佐里・藤原行成とともに「三蹟」とたたえられた。

IMG_4787.jpg

IMG_4788.jpg


2016.5.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

小野篁神社

小野神社摂社のひとつである。
本殿は国の重要文化財に指定されており、小野神社の本殿の横に建っている。
小野篁(802~52)は、平安初期の歌人、文学者。小野妹子の後裔で、歌人・漢詩人として知られた岑守(みねもり)の子。はじめ弓馬をこととしたが、のち文学に志し、「令義解」の編纂に参加した。
承和三年(836)遣唐副使に任ぜられたが、大使の藤原常嗣と争い、病いと称して乗船を拒んだため、一時隠岐へ流罪となった。野相公とも呼ばれた。

IMG_4786.jpg


2016.5.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

小野神社(大津市)

推古天皇の時代(592~628)、小野妹子が先祖の天足彦国押人命と米餅搗大使主命を祀って創建したという。
天足彦国押人命は、人皇五代孝昭天皇の第一皇子で、近江国造の祖と伝える。
米餅搗大使主命は、天足彦国押人命の七代目の孫で、応神天皇のころ(270~310)、餅のもとである粢(しとぎ)を初めて作ったので米餅搗(しとぎつき)の姓を賜ったという。餅造りの始祖とされ、現在ではお菓子の神様として、広く信仰を集めている。

IMG_4780.jpg

IMG_4783.jpg

IMG_4782.jpg

IMG_4784.jpg


2016.6.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

伊豆神社

浮御堂のすぐ近くにある神社である。
中世、琵琶湖の水運に絶大な特権をもっていた堅田の総鎮守である。
寛平4年(892)、延暦寺の僧・尊意が三嶋神社の伊豆大権現を勧請したとのこと。
現在社殿はひとつであるが、かつてはもう一つ社殿があり、京都賀茂御祖神社の分霊玉依姫命を祀っていたと言われている。
神紋の二葉葵は賀茂社と同じである。

IMG_4774.jpg

IMG_4778.jpg

IMG_4777.jpg


IMG_4776.jpg


2016.5.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

満月寺浮御堂

臨済宗大徳寺派海門山満月寺にある、湖上に突き出た仏堂である。
寺伝によれば、源信(恵心僧都)(942年 - 1017年)が比叡山横川から琵琶湖をながめると、
毎夜、その光明の赫々(かくかく)たるを怪しみ、網でこれを掬(すく)いとらせると、
1寸8分の黄金の阿弥陀仏像であった。
よって魚類殺生供養のために阿弥陀仏像1体を造り、その体内にこれをおさめ、1000体の阿弥陀仏像をも奉安し、
浮御堂を創建したという。

IMG_4765.jpg

IMG_4766.jpg

IMG_4767.jpg


2016.5.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

唐崎神社

琵琶湖西岸にある神社で、境内は滋賀県指定史跡になっている。
日吉大社の摂社の一つであり、日吉大社の社伝によれば、舒明天皇6年(633年)、琴御館宇志丸宿禰がこの地に居住し「唐崎」と名附けたという。
祭神はその宇志丸宿禰の妻とされる。
持統天皇11年(697年)に創建されたと伝えられ、かつては「女別当社」と呼ばれ、婦人病に霊験ありとして広く信仰を集めた。
境内には、宇志丸宿禰が植えたのに始まるとされる「唐崎の松」がある。
歌川広重の「唐崎の夜雨」で知られており、近江八景に選ばれている。

IMG_4759.jpg

IMG_4761.jpg

IMG_4763_201606202322003a4.jpg


2016.5.6
滋賀県大津市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

有市国津神社

三重県から京都府の南部にかけて、以前もにも記載した通りである。
この神社も国津神社を名乗っている神社である。
由緒など詳細は不詳の様である。
国道163号線と木津川の間に挟まれた地に杜があり、その中に鎮座している。
本殿は旧春日大社第一殿だそうである。

IMG_4751.jpg

IMG_4752.jpg

IMG_4754.jpg

IMG_4756.jpg


2016.5.5
京都府相楽郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

栗栖神社(笠置町)

京都府相楽郡笠置町、白砂川が木津川に合流する西側の丘陵の上に鎮座する神社です。
JR関西線笠置駅の駅前に長い階段の参道があります。
昌泰年間(898~)、醍醐天皇が笠置に行幸され、付き従っていた右大臣の菅原道真公がこの地に居を構えることを進言されたと伝えられます。
延喜2年(902)に道真公自ら彫刻されたお姿を、此の地の祖先筒井喜久治と申す者が賜わり、塚を設けて仮殿を建てました。
そして承平元年(931)に今の場所の遷したそうです。

IMG_4738.jpg

IMG_4741.jpg

IMG_4742.jpg

IMG_4743.jpg

IMG_4744.jpg

2016.5.5
京都府相楽郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

幣羅坂神社(へらざかじんじゃ)

平城山丘陵は標高100m程の大和国と山城国の国境を東西に伸びる丘陵
大和から山城へ行く際は平城山丘陵を越えていきますが、
その峠道を幣羅坂、奈良坂と呼び太古からの要衝です。
この峠にある神社が幣羅坂神社です。
創建等の詳細は不詳のようですが、この地には古事記に以下の記載があることで有名です。
ミマキイリヒコの時代、オホビコが派遣先の高志国に向かう途中、山代の幣羅坂を通るときに腰に裳を着けた少女が表われ、オオビコはミマキイリヒコに危険が及んでいるとこを察知する。都に引き返すと異母兄のタケハニヤスが謀反を起こそうとしていた。

鐘楼と立派な釣り鐘があるあたり、神仏習合の時代を感じさせます。

IMG_4724.jpg

IMG_4727.jpg

IMG_4726.jpg

IMG_4728.jpg

2016.5.5
京都府木津川市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

岡田国神社

旧木津5か村の氏神です。
飛鳥時代の654年に生国魂命を祀ったのが始まりと言われています。
938年に八幡宮に応神天皇(誉田別命)を祀った様で、
平安時代に菅原道真公を祀り、天神宮と称されるようになったとのこと。
現在の社殿は昭和53年に建立されました。
旧社殿が残されており、旧本殿は1774年、旧拝殿は1620年に建てられたもののようです。
旧社は、能舞台を中心に拝殿、南北氏子の詰所が配置された構成で、室町時代の姿を伝えています。

IMG_4723.jpg

IMG_4717.jpg

IMG_4722.jpg

IMG_4721.jpg


2016.5.5
京都府木津川市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

棚倉 春日神社(木津川市山城町)

詳細は不詳の様です。
この地は奈良からも近く、かつては藤原氏の支配地であったと考えられます。
そういうこともあり、春日宮を勧請したのではないでしょうか?

IMG_4648.jpg

IMG_4649.jpg

IMG_4650.jpg


2016.5.3
京都府木津川市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

稲荷神社(木津川市木津奈良道)

旧奈良街道、井関川の堤防の下に稲荷神社がある。
鳥居を潜って奧へ入り、突き当って右へ曲った所、二匹の石造の狐が高い台の上にお座りしている背後、一段高い所に、江戸時代末期に創立された立派な社が建っています。

IMG_4714.jpg
IMG_4715.jpg
IMG_4716.jpg


2016.5.5
京都府木津川市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

大河原国津神社(南山城村)

由緒は不詳の様です。
三重からこのあたりにかけては、国津神社という名の神社が多い様です。
平安時代に編纂された「日本三大実録」には、貞観元年大川原国津神に従五位上を授けたと書かれており、
その当時から存在したと考えられています。

IMG_4625.jpg

IMG_4626.jpg

IMG_4627.jpg

IMG_4628.jpg


2016.5.3
京都府相楽郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

八王子神社(和束町別所)

詳細は不詳の様です。
八王子神社という神社は全国にあり、スサノオの八柱の御子神を祀る神社です。
元々は、神仏習合下の両部神道に由来するもので、仏教の守護神である牛頭天王と頗梨采女との間生まれた8人の子を祀ったものです。
明治の神仏分離の際、これが牛頭天王と習合していたスサノオと天照大神との誓約(うけい)で化生した五男三女神に変えられた様です。

IMG_4601.jpg

IMG_4602.jpg


2016.5.3
京都府相楽郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

御栗栖神社(宇治田原町)

社伝によると、弘安6年(1283年)6月、荒木の大宮神社から分祀されたのを起こりとされていますが、
それより古い時代に豪族が土地を寄進した記録もあり、正確な創建年代は定かではありません。
周辺の栗林から産する栗は、古来より、その光沢と味の良さによって知られており、
「宇治拾遺物語」に登場する天武天皇の煮栗焼栗伝承に由来するといわれます。
その栗は、毎年11月15日禁裏御所に献上する習わしで、明治20年まで続けられました。
社名である御栗栖は、こうした朝献の栗林が、次第に人々の信仰を集めるうちに定着したものではないかと言われています。

IMG_4598.jpg

IMG_4592.jpg

IMG_4591.jpg

IMG_4594.jpg


2016.5.3
京都府綴喜郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

三宮神社(宇治田原町)

主祭神は天児屋根命で、藤原氏の祖とされている神です。
社殿は春日造りで、また祭神も春日大社の第三、第四殿と同じということ、
山城地方の春日造りの分布が中世の興福寺の勢力範囲にほぼ一致することから考えて、
本神社も奈良との関係があったものと思われています。
本殿は、構造、意匠とも高い質を有しており、建築時期は江戸寛永の頃で、細部意匠には桃山時代の風が見られます。

IMG_4579.jpg

IMG_4580.jpg

IMG_4581.jpg

IMG_4582_20160612001603990.jpg


2016.5.3
京都府宇治田原町

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

大宮神社(宇治田原町)

光仁天皇の宝亀元年6月の勅命によって、雙栗天神社よりこの地へと遷宮されたと伝えられています。
社殿は、平治の乱と南北朝時代の二度にわたって焼失しましたが、その度に再建遷宮されました。
現在の建築は、江戸時代初期から中期のものと考えられ、三間社流れ造りです。
鎌倉時代の宝筐印塔や文殊菩薩の梵字が刻まれた自然石など、むかしの神仏習合を伺わせる遺物が境内に遺されています。

IMG_4570.jpg

IMG_4572.jpg

IMG_4574.jpg

IMG_4575.jpg


2016.5.3
京都府綴喜郡

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

櫟野寺:らくやじ(甲賀市)

792年(延暦11年)この地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのに始まると伝えられ、806年(大同元年)坂上田村麻呂が堂宇を建立したという。
本尊は十一面観音で、櫟野観音(いちいのかんのん)とも称される。

IMG_4552.jpg

IMG_4553.jpg

IMG_4555.jpg

IMG_4554.jpg


2016.5.2
滋賀県甲賀市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

玉桂寺(甲賀市)

天平宝字5年(761年)、飛鳥田内親王の御願による創建と伝えられる保良寺を前身とする古刹である。
寺伝によれば奈良時代に淳仁天皇が仮御所として造営した離宮「保良宮」跡に空海が開いたという。
後年文徳天皇と後花園天皇の勅願寺に定められた様である。

IMG_4540.jpg

IMG_4542.jpg

IMG_4543.jpg

IMG_4538.jpg

IMG_4539.jpg


2016.5.2
滋賀県甲賀市

テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

プロフィール

Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR