FC2ブログ

伝 和泉式部の墓(木津川市)

学研都市線の線路脇に、お堂が建っている。
建物のつくりから見て、お寺のようであるが寺名など書かれたものは無かった。
側に有った説明書きには、以下の記載があった。

「和泉式部の墓
和泉式部は、越前守大江雅到の娘で、清少納言、紫式部
とともに平安時代中期を代表する女流歌人である。
生没年は不明。
おおむね十世紀末に生まれ、十一世紀初めに六十歳前後
で没したものと思われる。
彼女は、はじめ和泉守橘道貞の妻となる。
そのため和泉式部と呼ばれる。
子供がやはり歌人として有名な小式部内侍である。
その後道貞とも別れ、冷泉天皇の泉子、為尊親王・敦道親
王と恋愛する。
このときの恋愛経験を告白的に物語ったものが「和泉式部
日記」である。
両親王と死別した後、藤原保昌の妻となる。
晩年は、歌作がなく、全く判っていない。式部二十歳前後か
ら五十歳頃までの歌数千首を集めたものが「和泉式部集」
である。
墓は高さ約一・三メートルの五輪塔で、中世に建立されたも
のであろう。
伝承によれば、式部は木津の生れであり、宮仕えの後再び
木津に戻り余生を過ごしたといわれているが、この伝承を裏
付ける資料がなくて残念である。
       いずみがは 水のみわたの 松のうへに
       山かげ涼し 秋のはつかぜ
                                [家集]
和泉式部の墓と称するものは全国各地にあり、なかでも京都
市中京区誠心院のものが著名であるが、いずれも極め手を欠
いている。
                            木津川市教育委員会」

和泉式部の墓とされるところは、全国に何箇所もあるようで、その中の一つであるようです。

鐘楼のようにも見える建物。
IMG_4371.jpg

本堂のような建物。
IMG_4368.jpg

いかにも古い墓石である。
IMG_4365.jpg

末廣大神とある。お稲荷さんのようだ。
IMG_4369.jpg


2016.5.1
京都府木津川市
関連記事
スポンサーサイト



テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Toshi ♪

Author:Toshi ♪
単身赴任中のおっちゃんのブログ。
ぼちぼちやってます。

毎日更新を目標にしてますが、すぐに挫折の日々(笑)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
最新記事
訪問者数
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR