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日比谷稲荷神社

神社御由によると

日比谷は、元々江戸海岸の入江であって、ヒビを立てて海苔を採っていたので「ヒビ谷」と称しました。長禄元年に、太田道灌が江戸城を築いた時、天地の恵みに感謝して、生命の根である稲霊神を祭るため、城外日比谷の海岸(現在の日比谷公園の土地)に、御社殿を建てたのが、此の日比谷稲荷神社の始まりであります。
 天正十八年(1590)より慶長七年(1602)に至る十三年間は、徳川家康が、江戸城の主として、関東太守でありましたが、慶長八年二月十二日、天皇より征夷大将軍に任ぜられると、江戸城は、一躍天下の主城としての大拡張工事を始めることになりました。
 慶長十一年(1606)に、日比谷稲荷神社の所に、江戸城日比谷御門が建設されることになった為に、代替地を芝口に賜って移転したのが、現在の新橋四丁目十三番地(更に平成二十一年に東新橋二丁目一番地一号に移転)の日比谷神社であります。
 然し、どうしても海岸に祀られないと困る崇敬者の人々は、日比谷稲荷大神を戴いて、八丁堀先の干潟を埋築し、そこに御社殿を造営して、御神霊を御遷座申し上げたのが、当神社、日比谷稲荷神社であります。
 日比谷稲荷神社は、此の新しい土地の地主神として、丁寧に祭祀されていたので、此の一角は、永い間に亘って、日比谷町と公称されていました。

とのことである。

IMG_3384.jpg


2015.7.19
東京都中央区
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テーマ : 史跡・神社・仏閣
ジャンル : 写真

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